真のキリスト者の人生は舟旅
True Christian's life is a journey.
こんにちは。
今回は「真のキリスト者の人生は舟旅」と題して書きます。記事の構成は以下のとおりです。
<目次>
一、はじめに
二、旧約聖書における舟の意味の考察
三、真のキリスト者の人生は舟旅
四、結びに
拙文ですが最後まで読んでいただけましたら幸いです。
一、はじめに
太陽暦二千二十六年五月五日に、世界保健機関(WHO)は、大西洋を航行中の巡航船「MVホンディウス」にて「ハンタウイルス」がヒトからヒトへ感染し、三人の乗客が死亡したと発表しました(参考記事はこちら、ヤフーニュース)。終末が近づき世が欺瞞で満ちている事実に気付いている方ならご存知のとおり、今回のウイルス騒動も支配層の極悪人たちがでっち上げた茶番劇であり、大衆に恐怖を植え付けるための心理作戦であることに疑いの余地はありません。
私だけでしょうか、この話はどうにも辻褄が合わないように思えるのですが。彼らは言葉とレトリックを使って、またしても偽のパンデミックを起こそうとしているのでしょうか?それとも、偽のコロナパンデミックから得た教訓を活かし、自分たちのスキルを磨くための実地訓練を行っているのでしょうか?いずれにせよ、もし突然ハンタウイルスワクチンの接種を勧められたら、絶対に受けないでください。
(引用元:「ハンタウイルス:またしても心理作戦か?」、THE EXPOSE)
恐怖は事実よりも速く広がる。
こうしたキャンペーンがこれほど効果的な理由は単純だ。人間は生物学的に、目に見えない脅威を恐れるようにできている。洞窟の外にいるオオカミは恐ろしい。しかし、空気中を漂う目に見えないウイルスはどうだろうか?それは人間の神経系のより深い部分を活性化させる。目に見えない。匂いもない。交渉することもできない。見知らぬ人すべてが潜在的な脅威となり、咳をする人さえも疑わしい存在となるのだ。
(引用元:「心理的バイオテロ:感染症への恐怖が、政府の政策や国民の行動を左右するために武器として利用されること。」、THE EXPOSE)
※当該記事では『ハンタウイルスはれっきとした病気です。』と述べられておりますが、ハンタウイルスも存在していないため、記載内容を全面的に信用しないようにご注意ください。
日本でコロナ茶番が始まったきっかけが、同じく巡航船のダイヤモンド・プリンセス号という設定であったことについては多くの方が記憶されてると思います。こちらの記事(読売新聞オンライン)では、『◆ クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染 =2020年1月20日に横浜港を出港後、2月1日に香港で下船した男性のコロナ感染が判明し、同3日に横浜港へ帰港した。乗客らは同19日に下船が始まるまで船内待機を余儀なくされ、医薬品不足などが問題となった。56の国・地域の乗客・乗員3711人のうち712人が感染、13人が死亡した。』と伝えています。その後、大衆洗脳装置であるテレビでは、この頃からマスクの着用や、手洗いや手の消毒を推奨するようになり、下船した乗客の足取りから感染経路を特定しようとしたり、芸能人の○○さんがコロナで亡くなったと伝えたりしていたと記憶しています。当時はまだ、聖書を読み始めて間もない頃だったのですが、ツイッター(現在のX)上で流れる情報と、テレビや新聞等の大手報道機関の流布する情報の乖離が日に日に大きくなって行き、「なんで皆んな、疑問を持たないのだろう。」と、不思議に思ったこと、「テレビの情報を盲信する日本人が多すぎる。」と思ったことを鮮明に覚えています。そもそも、豪華客船に乗って数ヶ月から一年という長期間に渡って旅をすることが出来るのは、金銭にも時間にもゆとりがある人々、所謂、勝ち組、富裕層の人たちだけであり、家庭を持ち、あくせく働く必要がある現役世代の手前にとっては別世界の話であるように感じておりました。当時はこのコロナ茶番がその後何年も継続するとは夢にも思っていませんでしたが。
豪華客船での船旅と言えば、不沈船と言われたタイタニック号のことが頭に浮かびます。太陽暦千九百十二年、新天地米国を目指して処女航海に出た豪華客船タイタニック号は氷山に激突して沈没し、およそ千五百名の人々が亡くなりました。この事故を題材にしたハリウッド映画『タイタニック』は千九百九十七年に公開されて社会現象なってテレビでも度々放映されたため、手前のような昭和生まれの人なら誰でも一度は観たことがあるのではないかと思います。ところで、タイタニック号の沈没に関しては、同時期に就航していたオリンピック号とすり替えられた保険金詐欺疑惑があることはご存知でしょうか。この件についてはミカエル氏も過去記事、真の聖書福音と預言「日本の将来と真のクリスチャンの姿勢」(アメブロ)にて言及されています。個人的には、この疑惑のことを何時だったのかは分かりませんが、何となく聞いたことがあったように記憶してました。英語の動画ではありますが、『Titanic Or Olympic? Insurance Fraud Scheme EXPOSED』(bitchute)や『JESUITS SINKING THE TITANIC』(bitchute)をご視聴になれば、この疑惑が根も葉もない陰謀論ではなく、ロスチャイルド家やJ. P. モルガン、ロックフェラー家といった超富裕層の者どもがイエズス会と結託し、保険金詐欺を働いたことが歴史的事実であり、米国に連邦準備銀行(FRB)が設置された経緯と、その背後で行われた血生臭い争いがあった歴史的事実がご理解いただけると思います。超富裕層の人々は、人殺しで嘘つきの父である悪魔(ヨハネ八章四十四節参照)を崇拝してるが故に、金銭をせしめる為なら躊躇なく人を殺す気違いたちであることが分かります。
二、旧約聖書における水と舟の意味の考察
聖書読者の方が、舟と聞くと真っ先に思いつくのは『ノアの箱舟』なのではないでしょうか。旧約聖書では、箱舟、籠(舟)を意味するヘブライ語の תֵּבָה [tebah]という名詞が創世記六章〜九章と、出エジプト記二章三節〜五節に登場します。これら二つの場面について詳細に考察してみます。
(一)義人ノアの伝道活動
聖書を自分で読んだことのない信仰心の欠片もない人たちは、聖書の記述は神話であって本当の歴史だとは捉えていないことと思います。手前もかつては、そのように考えておりました。しかし、聖書を複数回通読し、ミカエル氏のブログ「真の聖書福音と預言」の記事をすべて読むことで、聖書は真理の書であり、本当の人類史が書かれた書であることを確信することが出来ました。こちら(NOAH’S ARK SCANS、英語)のサイトでは、ノアの箱舟の遺構と思われる痕跡がトルコのアララト山に存在し、調査・研究が進められていることを伝えています。現代人は、物事を科学的に立証することに情熱を注ぐ傾向がありますが、真のキリスト者が着目すべきは主と共に歩んだ義人ノアが何を成したかについてだと思います。現在、正典とされている六十六巻の聖書では、創世記六章〜九章にノアの記録が書き記されておりますが、本来なら正典として収録されるべき「ヤシャルの書」には創世記よりも詳細に、ノアの生涯について記述されています。
ヤシャルの書によれば、真の信仰者の多くは大洪水前に亡くなり、七十万人も人々が居る中でたった八名だけが救われ、百二十年もの時間がありながら人々は全然信仰を持とうとか律法を守って善を行う気が無く、好き勝手に世俗的に生活しとったということや。ただ、当時は人間の寿命が今よりも格段に長く、ノアは六百歳の時に大洪水を経験し、現代人と同じ時間感覚ではないが、それでもかなりの長期間伝道活動をし、それにも拘らず、大衆は聞く耳を持たず悔い改めへんかったことが分かる。
終末時代もノアの時と同じなんやから、ノアの伝道を聞かへんかった当時は、現代では拙者の伝道に耳を貸さへん者と重なる。そして、終末時代の現代はノアの時のようと主イエスは言わはったが、時間感覚は同じやない故、終末時代に神は百二十年も待たはらへん。当時の百二十年を現代の時間感覚に換算すると八年位や。二千二十五年がやばいとか、二千二十六年から支配層による暗黒社会の新世界秩序(NWO)が全世界で施行されるのではと言われており、残り時間はほんまに少ないで。
(引用元:真の聖書福音と預言「聖書の終末預言 三」)
ミカエル氏が当該記事で述べられているとおり、大洪水が起こった時代、七十万の人々がいましたが、神に立ち返ってノアの呼び掛けに呼応して救われたのは、たったの八人、率にして0.00114パーセントでした。ノアが六百歳の時に大洪水が起き、それまでの百二十年間彼は伝道活動を行なっていたにも拘らず、信仰を持とうとした人が全く居なかった光景は現代社会と重なります。コロナ犯罪が始まる直前の時期の世界人口は七十数億でしたが、生物兵器ワクチンの接種という人口大幅削減政策が世界中で同時に実施され、現在の世界人口は数十億人減っているものと推測されます。今年の夏、太陽暦の二千二十六年七月四日には黙示録十三章の第二の獣たる米国が建国二百五十年の節目を迎えます。世界人口を五億人程度まで削減し、世界を一つの国家、一つの宗教、一つの言語、一つの通貨にまとめようとする新世界秩序(NWO)の動きが加速することは間違いありません。神に与えられし時間という資産を活用し、唯一の救いの道である「キリスト道」を歩めるように、義人ノアの行いを見倣い伝道活動を続けて参りましょう。
(二)主は正しい人を引き上げられる
個人的には出エジプト記の冒頭の部分をはじめて読んだ時、何となく寓話『桃太郎』の話に通じる点があるように思いました。川上から流れて来た大きな桃を老婆が見つけ、家に帰って包丁で割ってみると中から男の赤ん坊が出て来て、成長した桃太郎は犬、猿、雉を従えて鬼退治を行ったという物語を知らない日本人は居ないと思います。一般に桃太郎伝説は、吉備の国の吉備津彦という人が朝鮮の百済から渡来した温羅(鬼≒悪魔の手下に準えた存在)を退治した伝承を元にした物語だと伝えられております(参照元はこちら、吉備津神社)。しかし、人類最古の書である旧約聖書が日本にもたらされたのは、紀元前六百六十年よりも前だったと考えられると、ミカエル氏はこちらの動画(bitchute)で述べられております。したがって、桃太郎の伝説はモーセがエジプトの王女に拾い上げられた様子を題材に創作された物語だと手前は考えます。
旧約聖書 出エジプト記 二章一節〜五節、十節(参照)
レビの家の出身である男がレビの娘を(妻として)娶った。その女は妊娠し、男の子を産み、その子が美しかったのを見て、三ヶ月間隠しておいた。しかし、彼女は隠し続けられなくなったので、瀝青と樹脂を塗った葦の籠を取って、その中に彼を入れ、ナイル川河畔の葦の間に置いた。そして、彼の姉は遠くに立ち止まり、彼に何が起こるのかを知ろうとした。ファラオの娘がナイル川で水浴びをするために下りて行き、その侍女たちが川辺を歩いていたところ、彼女は葦の間に浮かぶ籠を見つけ、侍女を遣わしてそれを持って来させた。(中略)
その子は成長し、彼女(※モーセの母親)は彼をファラオの娘のもとに連れて行ったので、彼は王女の息子となった。彼女は彼をモーセと名付けて、言った。「私が彼を水(ナイル川)の中から引き上げたからです。」
出エジプト記の一章では、エジプトで数を増したイスラエルの民が更に増えることを恐れたエジプト王がヘブライ人の助産婦に、男の子は殺し、女の子は生かしておくことを命じましたが、助産婦たちは神を畏れていたので、男の子も生かしておいたと記述されています。続く二章一節から十節では、上記のようにヘブライ人でレビ族の子がファラオの娘に拾われ、モーセと名付けられた経緯について書かれています。既に述べたとおり、籠を意味するヘブライ語の תֵּבָה は、箱舟という意味も含みます。どちらも瀝青(アスファルト、タール)や樹脂(ピッチ)で防水処理を施されたと記述されており、モーセがノアと同じように神の民を大洪水や大河、あるいはエジプトで奴隷として強制労働を強いられていた状況から救い出す使命を与えられることを暗示していると考えます。モーセは八十歳で神から使命を与えられ(出エジプト記七章七節参照)、兄アロンと共にファラオと対峙してエジプトを出ることを告げ、イスラエルの民を解放するために荒れ野を四十年間旅し続け、「約束の地」を目前にして百二十歳で亡くなりました(申命記三十四章七節参照)。旧約聖書では「四十年間」という期間が鍵となっていると認識しています。
・ダビデは三十歳で王となり、四十年間王位にあった。(サムエル記下五章四節参照)
・ソロモンが全イスラエルを治めたのは四十年であった。(列王記上十一章四十二節参照) ※ソロモンは晩年に異邦人の女にたぶらかされて、神の道から逸れてしまったため、ソロモンの子が王になった時代にイスラエル王国は南北に分裂し、イスラエルの民は離散する憂き目に会った。
話を出エジプト記二章に戻します。後にイスラエルの民を導く使命を与えられるモーセは、水の中から引き上げられました。水を意味するヘブライ語 מַיִם [mayim] の原義を調べると、水には神の裁きと救いの両方の意味が含まれいるようです。前述したように、箱舟に乗って大洪水から信心深いノアら八人が救われた一方で、不信仰な人々は神に裁かれ滅亡し、大地は清められました。モーセがイスラエルの民を導いて葦の海(紅海のアカバ湾だと認識しています。論拠はこちら、Ancient Exodus、英語)を割って海底の乾いた所を歩いて渡った際、イスラエルの民が救われた一方で、彼らを追って来たファラオの軍勢は元に戻った海水に襲われ全滅しました(出エジプト記十四章参照)。このように万物を支配されている神は、信心深く正しい人を水から引き上げられるのです。ここで使用されている「引き上げる」を意味する動詞 מָשָׁה [mashah]は、サムエル記下二十二章十七節と詩編十八章十七節(新共同訳聖書では十六節)の三箇所のみに登場します。
旧約聖書 サムエル記下 二十二章十六節〜十八節(参照)
海底は見えるようになり、全地の基は姿を現す。主の叱責によって、その憤りの息吹によって。
彼(主)は天から手を伸ばして我を選び出し、大水の中から我を引き上げてくださる。
彼(主)は強い我が敵から、我を憎む者から、我にとっては強すぎる者たちから、我を救い出してくださる。
サムエル記下二十二章は、新共同訳聖書で「ダビデの感謝の歌」という副題が付けられており、詩編十八章とほぼ同じ内容が記述されています。上記聖句に「主は強い我が敵から、我を憎む者から、我にとっては強すぎる者たちから、我を救い出してくださる。」とあるように、神は真のキリスト者を選び出し、「大水」や「大洪水」に例えられた艱難から引き上げてくださる、というのが旧約聖書から読み取れる真理であると手前は考えます。終末には主イエスが再臨されて、この世も次のような人々も滅ぼされると聖書には書かれています。「臆病者や不信仰な者、忌まわしい者や人殺し、姦通する者や魔術師そして偶像崇拝者、すべての嘘つき、この様な者たちの運命は火と硫黄の燃える池、第二の死である。」(ヨハネの黙示録 二十一章八節参照)このような人たちにならないように、ノアやダビデ、ヨブ、ダニエルなどといった旧約時代の正しい人たちに学び、主に引き上げていただけるように励んで参りましょう。
三、真のキリスト者の人生は舟旅
読者のあなたは、ミカエル氏の記事、真の聖書福音と預言「水上を歩く」はご覧になりましたでしょうか。当該記事の「三、舟旅は人生そのもの」の項には以下のように書かれています。
真のキリスト者は、この世では超少数派であり、多数派の不信仰者や異教徒(パウロ教信者を含む)から嫌われ、疎んじられ、かような逆風に悩まされてる事を意味する。また、偽キリスト者(パウロ教信者等)やのうて、真のキリスト者を目指し始めると、人生は順風満帆とは程遠くなり、多くの困難や苦難という逆風と波が来て、難儀する。
聖書に真理があることを悟り家族や周囲の人々に信仰を告白すると、ミカエル氏が述べられているように、彼らから嫌われ、疎んじられ、ぱったりと連絡が来なくなります。何故なら、世に属する多数派の人間は、創造主なる神と、同じく神の御身分であられながら受肉されてこの世に来られた主イエス・キリストの存在、そして聖書真理や神の律法を無視し、善悪の判断が出来ない状態で、自分が正しいと思い違いをしたまま、欲望の赴くままに放縦な生き方をしているからです。特に酷いのは、ほんの少しだけ聖書の知識を持っている自称クリスチャン、パウロ教信者たちです。手前が最も長く勤めていた企業では、半世紀以上前に未来の社会を予測した独自理論を構築し、経営の羅針盤として事業を進めておりました。聖書真理を知らなかった頃は、「偉大な先人には先見の明があるんだな。」などと呑気に考えていましたが、インターネットの普及と共に、世の中の流れが大きく変わり、それまでの常識が通用しない世の中になりました。それにも拘らず会社の経営層は頭が硬く、若手社員の意見には耳を傾けようとはしませんでした。会社を辞めて数ヶ月経った頃、あることがきっかけで、独自の経営理論の構築を主導した老人から連絡があり、彼の家を訪れて話をする機会がありました。彼は朝鮮系の人で、カトリック教徒で、フルブライト奨学金(日米教育委員会)を受けて米国コロンビア大学大学院でシステムダイナミクス(ウィキペディア)という模擬実験の手法を学んだ人でした。聖書とミカエル氏のブログ「真の聖書福音と預言」を何度も精読し、真理を悟れば理解出来ることですが、この世で最も醜悪な宗教がカトリックであり、黙示録十三章の第一の獣がローマ教皇で、第二の獣に例えられた米国が新世界秩序を推進しているというのが現実です。
カトリック信者やイエズス会員のような既にローマ教皇に従っている者、聖書を曲解するにわかクリスチャンやカルト宗教信者たち、無神論者、異教徒は、必ず、ローマ教皇とNWOに従うようになります。なぜなら、そのような者たちは、命の書に名前が書かれていない世に属する人間だからです。
日曜礼拝や同性愛や同性婚の擁護は神の教えである聖書に反して、サタンに惑わされた人間の伝統や考えに過ぎず、獣の刻印の一つになります。日曜礼拝と同性愛や同性婚の擁護だけが獣の刻印という訳ではありません。聖書の真理(神の律法や主イエスの教え等)に逆らい、かつ、それがローマ教皇主導のNWOの内容に合致したすべての事柄が獣の刻印なのです。これは死の刻印であり、それを受けたら取り返しがつきません。
(引用元:真の聖書福音と預言「神の刻印、獣の刻印と黙示録の獣」)
思い起こしてみると、東京都内の一等地にある彼の家には、イルミナティの人々が好むフクロウの置物(参考動画:『イルミナティのシンボル: 「フクロウ」』、Eden Media、ユーチューブ)が家中に多数置かれておりました。また、創価学会員だった元妻もフクロウの置物を好んでおりました。冷静に世相を眺めてみてください。神以外の存在や人の教えを信じて崇めているなら、その人は偶像崇拝者であり、カルト宗教の信者です。
最後はヨハネの黙示録の中で、船に関する記述がある聖句を読み解きます。
新約聖書 ヨハネの黙示録 十八章十一節〜二十二節(参照)
そして商人たちは彼女(※バチカン)のために嘆き悲しむ。なぜならもはや誰も彼らの商品を買わないからである。
商品とは、金、銀、宝石、真珠、上質な亜麻布、紫の衣、絹、緋の衣。あらゆる香木、あらゆる象牙の器、あらゆる最高級の木材の器、青銅、鉄、大理石の器。
そして、桂皮、香粉、香油、乳香、ぶどう酒、油、上等の小麦粉、小麦、家畜、羊、 馬、戦車、奴隷、そして人の魂。
そして、お前の魂の欲する果実はお前から去り、あらゆる贅沢品や華美な品々はお前から失われ、もはやそれらを二度と見つけられないだろう。
これらのものの商人たちは、彼女から富を得た者たちであるが、彼女の拷問の恐れが故に遠く離れて立ち、慟哭して悲しみ、
そして、こう言う。「ああ、ああ、この大いなる都よ。上質な亜麻布と紫の衣と緋の衣をまとい、金と宝石と真珠で飾られた都。
ひと時の間にその膨大な富は荒廃した。」すべての船長、船上のすべての乗組員、船員、そして、海で商いをする者たちは皆、遠く離れて立ち、
そして、彼女が焼き尽くされる煙をじっと見て、言う。「このような大きな都があるだろうか。」
そして、彼らは彼らの頭の上に塵をかぶり、泣き叫び、慟哭して悲しみ、言う。「ああ、ああ、この大いなる都よ。海に船を持つ者たちは皆、彼女の栄華によって富んだのに、ひと時の間に荒廃してしまった。」
天よ、聖徒たちよ、使徒たちよ、預言者たちよ、彼女を喜べ。神はあなた方のために彼女を裁かれたからである。
そして、力強い天使が、大きな石臼のような石を取り上げ、海に投げ込んで言う。「こうして、大いなる都バビロンは、激しく打ち砕かれ、もはや見出されることはないであろう。
そして、竪琴奏者、音楽家、笛吹き、喇叭吹きの音が、もはやお前の中で聞かれることはない。また、あらゆる職人の技巧も、もはやお前の中で見出されることはない。また、石臼の音も、もはやお前の中で聞かれることはない。
黙示録十八章は、大バビロンたるバチカンの滅亡が主題です。聖書を読まない不信仰な人々は、常識に従って経済的成功を追い求め、如何に楽して稼ぐかばかりを考えて生きています。十一節には…、
「商人たち」という言葉があるが、これは原語ではἔμπορος(エンパラス)であり、英語ではmerchantの意味であり、小売業者ではない大規模な海外取引商業を営む会社または商人の意味や。要するに、現代で言えば大企業、その経営者や会社の所有者たる大株主のことや。そして、興味深いんは、merchantには商人、貿易商、大企業の意味だけでなく、狂人の意味を持つことです。
(引用元:真の聖書福音と預言「黙示録十八章から分かる薬の危険性 前編」)
会社に属する人は狂人たちに支配されることを受け入れ、彼らは各々の金銭欲につけ込まれ進んで遺伝子組み換えワクチンを接種し、獣化してしまったので救いようがありません。「すべての悪の根源は金銭欲」(テモテ一 六章十節、ミカエル氏訳)とあるとおり、拝金主義から脱却出来なかった人々は悪に染まって滅んでしまうのです。
十七節には「海で商いをする者たち」という記述があります。会社に属していた頃、上司たちは「激戦区の市場(赤い海、レッドオーシャン)ではなく、未開拓の市場(青い海、ブルーオーシャン)を見つけ出せ。」などと檄を飛ばされていたことを思い出します。もう何年も前からあらゆる市場は飽和しており、未開拓の市場なんてものは存在していないのに…。他社製品よりも少しでも数多く商品を売るために、奴隷のようにこき使われ、精神をすり減らしながら働いても虚しいと思いませんか。また、職場では、「英雄色を好む」とか、「男なら港々に女をつくる」などと愚かな言葉を吐く上司たちが何人もおりました。「姦淫に満ちた目を持ち、絶え間なく罪を犯し、優柔不断な魂を誘惑し、 貪欲な心のままに行う、呪われた子らよ。」(ぺトロの手紙二 二章十四節参照)と使徒ペトロが言っていたことが、彼らが悪魔に金で魂を売り払った狂人たちだと知れば、腑に落ちます。狂人たちの言葉に盲従することの虚しさを一人でも多くの方に悟っていただきたく思います。
二十二節には、「竪琴奏者、音楽家、笛吹き、喇叭吹きの音が、もはやお前の中で聞かれることはない。また、あらゆる職人の技巧も、もはやお前の中で見出されることはない。」とあります。この世で音楽家や芸術家、技巧に優れた職人として成功を収めても、来るべき後の世、永遠に続く神の王国に入ることは出来ず、何の役にも立たないことを悟るべきだと考えます。
四、結びに
「旅は道連れ世は情け」という諺があります。『旅をするときには連れがいると心強く、世の中を渡っていくには互いに思いやり(情け)を持つことが大切である』という意味です。日本人の多数派は、この諺が示しているように、うまく世渡りをするために誰かと連んで人生という旅路を歩もうとしています。しかし、世に属する人々は自己愛が強く、耳の痛い叱責の言葉には耳を貸さないものだと思いませんか。実際、手前はコロナ犯罪が始まって以降、ワクチンの危険性や憲法改悪の危機を訴える活動を周囲の人々にして来ましたが、真剣に耳を傾ける人には会ったことがありません。
客観的に世相を眺め、現代の日本という国を船に見立てるなら、この船は朝鮮人や支那人が船長を務める、沈みゆく泥舟のような状態であり、このまま客人のつもりで乗り続けていたら、確実に沈没すると思いませんか。今回取り上げたタイタニック号の件だけでなく、千九百八十五年の日航機墜落事故も、日本国産基本ソフト(OS)「TRON」の技術者十七名を葬り去って、ウィンドウズを世界標準にすることを目的として、遂行されたことが現実ですし、腐敗し切ったこの世に希望など一切ありません。
この終わりの時代におけるノアの箱舟のような場所は、誰よりも聖書真理を深く正しく理解されているミカエル氏が開設された「神のイスラエル教会」以外に存在しないと手前は確信しています。一年に一回しか挑戦することの出来ない敷居の高い場所ではありますが、大艱難期という未だかつて無い困難な時代に突入する前に、必死になって努力を積み重ね、教会員になれるように不断の努力を重ねて参りましょう。『教会入会の案内』(サブスタック)の記載事項を熟読し、ミカエル氏と教会員の皆さんと共にキリスト道歩めるように、手前自身も頑張ります。
拙い記事を最後までお読みいただきありがとうございました。






